忙しさ、の増加による問題点

ふっと周りの人を見ると、忙しくしている人がひじょーに多い。これは今の学校に居る友達だけではなくて、働いている知人たちも。
みんな週末もなく働いていたり、睡眠時間を削っている状況、という話がよくある。
学生だって、僕のスクールだけでなく、ビジネススクールにいっている友達とかも週末も勉強してるし、平日も結構大変(夜10時以降まで働いている・勉強している人ばかり)。
つまり、忙しい、ということが結構「あたりまえ」の世の中になって来ている気がする。

僕が前にいた会社は労働時間がすごく長かったのだけど、これは「例外的な会社」だと思ってた。でも、最近はこういう例外的な会社でなくても、ほんとみんな忙しく働いている。

「豊か」になっているはずなのに、労働はどんどん過酷になっている。どんどん変わっていく仕事内容についていくには、より激しく働き、常にスキルを身につけ、ぴかぴかにし続けなければならない。

「それは競争的で刺激があっていいじゃん。僕も寝ないででも働く。」

という人がいるかもしれない。たしかにそう思える人はつらくてもがんばって時代についていくだろう。でも、それについていけないひと、つまり「がんばれない人」もいるのだ。労働が激しくなればなるほど、脱落する人数も増えてくるのだ(ニートなんてその典型だろう)。

僕自身も、倒れれば間違いなく過労死認定されるだろう、というレベルの労働もしてきたし、その勢いでまだがんばれなくもない。でも、「自分はがんばれるからいいのだ」ではだめなのだ、という気がしてきた。つまり、自分がより激しくがんばっていけばいくほど、それだけがんばれない人を社会から脱落させていくことにもなってくるのではないか?(そしていつか自分も体力の限界とともに脱落するだろう)

その結果、長時間で充実感を得ている「一部の勝ち組」とそれについていけなかった「負け組」とに分かれていくのだ。
「豊かさ」で考えた場合、
 忙しくて子供の顔も見れず
 睡眠不足・ストレスで精神が不安定になり
 仕事以外は極力「便利さ(安易さ)」だけを追求し
 限りなく短い余暇は精神的な充足よりも、お金を使う時間がないことから物的なものに走る
ということを考えると、「豊か」になっているのだろうか。

LOHASなんてものが出てきたのも、そろそろこれだけのスピードで生きていくことに悲鳴をあげ始めてきた人が増えてきたから、ではないか?
そういえば、こないだ読んだRocky Mountain Instituteの論文も、産業のスピードを遅くしなければ、環境問題は克服できない、というようなことを言ってたなぁ。

そんなことを思った今日この頃でした。(さー、これから課題やるか!)

PS え?昨日の言ってたことと違うって???
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by shinji_isono | 2006-09-19 12:17 | いそいそ的環境学  

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