民主主義とは何か?

民主主義へ移行すべきという方向に誰しも異論は無い。
問題はあるものの、今のところもっとも望ましい仕組み、ということになっている。

ただ、問題なのはその前提なのだ。民主主義の前提は、
「投票者である国民が、しっかり必要な情報を集めて自分で判断し、投票できる」
ということなのだ。

たとえば、まだまだ教育が行き届いていない途上国で、あまりにも安易に民主主義へ移行すると、国民は正しい判断をできないかもしれない。明日の食べ物にも困っている人には、きちんと政治を考えることに時間をもてないし、目先の利益以外考えられないからだ。

自分で情報収集せずに、メディアが取捨選択した情報のみで、政治判断を国民がしている場合も同じだ。

民主主義の難しさはここにある。「多くの情報を集め、各個人が部分的な視点だけでなく、全体最適な視点もふまえて正しく合理的な選択(適切な候補者を選択)できること」という人間をある程度想定していることにあるのだ。どの人も「正解」はわからない。でもみんなが発言する権利を持ち、意思決定に参加して得られた結果であれば、もっとも正しい(正解に近い)政治判断をすることができる、ということにある。

ただ、それは非現実的だから、とりあえずみんなが参加して決める仕組みだけをつくり、みんなで決めたことだから、それについてみんなで責任を持とう、というような形式的なところばかりが注目されている気がする。

なんでこんなことをいい始めたかというと、ここアメリカでは、選挙判断に関する情報が極めて多く入るという点。現在の環境政策の授業で、秋に行われる国会選挙の争点について調べているのですが、とてつもなく情報が取れる。それも候補者がどういうスタンスか?だけでなく、どのくらいの資金力があり、どういう団体が支援しているか、現職議員の場合、議会での重要な法案についてどっちに投票したか?、Sierra Clubのような環境団体からお墨付きをもらっているか?等々ぼこぼこ情報が出てくる。
つまり、民主主義をきちんと機能させるためのインフラの一つであろう情報提供というものが極めてよくなされるようになっている。教育については日本の方が進んでいる気はしてますが、こういうインフラ作りをしっかりせずに、単に「全員に投票する機会を与える」だけでは民主主義は機能しない、そう思わせられた出来事でした。

今の民主主義のためのインフラの不十分さからいえば、民主主義による環境問題の解決は難しいだろう、とおもいます。
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by shinji_isono | 2006-09-26 07:20 | いそいそ的国際論  

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