死刑執行に関するお話

がニュースになってますね。それにより、いろいろな人が意見を述べている。

多くは、死刑執行反対というコメントばかりで、賛成だ!という話がまったく(ほんとんど?)ない。

個人的にはですね、死刑制度大賛成なのです。

死刑廃止は世界の流れだ、とか言ってますけど、ぱっと見、

ヨーロッパの多くがそうだ、と言っているんじゃないの?というところだ(あとは南米、ロシアとか?)

②ページ参照


死刑制度廃止論者の理由としては、

犯罪者の権利を、とか、国家が人を殺す権利はあるのか?というところだけど、

社会秩序を破って、人を殺した人々に対しては、すでに義務を履行していない段階でもはや権利を主張する権利はないのだ。

権利があるから義務が生まれるのではないのです。

義務を果たしたものがはじめて与えられるのが権利なのです。

社会秩序を混沌の中に陥らないようにするには、被害者による復讐を認めてはいけないのです。結局、国家というものが責任を持って、処罰するしかないのです。


社会共通のルールをやぶり、その中でも最も重いときだけ適用される死刑制度。
個人的には問題ないと思えるのです。


大事なのは社会をどう安定化させるかであり、個人的にはこのコメントが非常にわかりやすい


(最高裁判決の一文)

国家の文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和的社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情によって否定されるにちがいない




最近、しょっちゅう死刑判決が出てる印象受けますけど、その中から、

「この程度の犯罪で死刑はむごいんじゃないか?」

と思える事例はありましたか?


考えるべきは、なぜ日本が世界トップレベルの治安、安全性を持っている国か?である。死刑制度はまったく関係ないのだろうか?


たとえば世の中に完璧なコンピュータがいて、こう将来を予測できたとする。


人権を守るために、死刑を廃止する結果、凶悪犯罪が年にあと3件増える(20人程度が殺害される)と予測されます。



本当にそれでも賛成できますか?



大事なのは死刑制度の存在ではなく、その運用方法なのである。

一番怖いのは冤罪である。もちろん、終身刑だって、人生の多くをめちゃくちゃにされてしまう訳だし、死刑の時以外だって、冤罪は非常に恐ろしい。

でも特に死刑に対する冤罪は100%防がなければならない。これは賛成だ。

なので、1%でも疑わしい場合が残っている場合は、死刑という判決を出さなければよい(疑わしきは罰せず)

そんなことを言うと、人間が100%確実だと立証することなんてできるのか?という話になるけど、そんなことを言ったら、人が人を裁くことすべてを否定しているのと同じだ。

実際、まだ疑わしい可能性がある、という事例については死刑執行は行われていない、という。これは一つの方策だろうけど、もちろん、死刑囚としてずっと生活させること自体が冤罪の場合、同じくらいむごい。なので、大事なのはこの刑の適用の場合に限ってはより、慎重な裁判と適用基準を用いることにより、「死刑判決が出る確率をぐっと減らす方向に持っていけばよい。」

最も大事なのは、とてつもない凶悪な犯罪を絶対起こさせない仕組みにすることなのだ。死刑制度は実は犯罪抑止にまったく意味がない、もしくは他に凶悪犯罪を抑止するに十分な仕組みがある、といった場合に、死刑を廃止すべきだろう。だれも、死刑制度がベストだとは思っていないかもしれない。でも、今のところ、これだけ増えている凶悪犯罪を防ぐには、他に方策が見つからないのだ。

殺されていたかもしれない何人かの人々が、死刑制度による犯罪抑止効果によって救われているかもしれない、という部分にも目を向けなければならないのだ。
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by shinji_isono | 2007-04-28 14:05  

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